故意による事故と自動車保険
故意による人身事故は傷害罪
交通事故を起こして相手を怪我させてしまった場合,刑事上は,通常,自動車運転過失致傷罪に問われます。
しかし,その事故が単なる不注意による事故でなく,故意によるものであるならば,自動車運転過失致傷ではなく,傷害罪や殺人未遂罪(故意犯)が成立します。
ここでいう故意は,確定的に怪我をさせてやろうという「確定的故意」だけでなく,怪我をさせてしまうかもしれない(けれどそれでもかまわない)と思っていたような「未必の故意」も含みます。
加害者は当然賠償責任
故意で人を轢いた場合,当然ながら,加害者は刑事上の責任だけでなく,民事上の損害賠償責任を負います。
ただし,未必の故意の場合は,刑事上は前述のとおり故意犯に当たるのに対し,民法上は,通常,故意ではなく「重過失」に当たります。
しかし,単なる過失(軽過失)より悪質であることには違いないので,通常の交通事故のときに比べて,慰謝料が増額される可能性があります。
自賠責保険は請求できる
それでは,民事上の責任について,加害者の自賠責保険または任意保険との関係でも,被害者は支払いを受けることができるでしょうか。
まず,自賠責保険との関係では,被害者は支払いを受けることができます。
自動車損害賠償保障法(自賠法)14条が,保険契約者又は被保険者の「悪意」によって生じた損害については,保険会社は免責されると定めていることとの関係が問題になります。
この「悪意」は,「わざと」といった意味であり,未必の故意(民法上は通常「重過失」)は含まれないと解されています。
したがって,加害者が「未必の故意」の場合は,自賠責保険会社は免責されず,保険金を支払わなければなりません。
一方,「確定的故意」の場合は,「悪意」に該当し,自賠責保険会社は免責されます。
しかし,その場合も,被害者からの直接請求(自賠法16条)に対しては,保険会社は支払いを拒むことができません(この場合,支払いに応じた保険会社は政府保障事業から補償を受け,政府は加害者に求償請求します)。
したがって,結論的に,加害者が「未必の故意」であっても,「確定的故意」であっても,被害者は自賠責保険からの支払いを受けることができます。
任意保険は請求できない
一方,任意保険との関係では,被害者は支払いを受けることはできません。
任意保険の約款には,保険契約者・被保険者の「故意」によって生じた損害について保険会社は免責されるとの条項が設けられています。
自賠法14条の「悪意」と違い,「故意」による免責を認めたものです。
そして,この「故意」には,「確定的故意」だけでなく,「未必の故意」も含まれるとした最高裁判例があります(最高裁平成4年12月18日判決)。
そのため,被害者は,任意保険会社に対しては,加害者が「確定的故意」の場合はもちろん,「未必の故意」の場合であっても,請求ができません。
まとめ
被害者は,加害者が「故意」の場合,それが「確定的故意」であっても「未必の故意」であっても,自賠責保険という最低限の保障を受けることはできますが,その一方で,任意保険からの補償を受けることはできません。
「故意」による被害は慰謝料の増額事由となり得ますが,加害者に資力がないと,結局払ってもらえません。
被害者から見ると,それなら単なる「過失」による被害の方がよかった,ということになりかねません。
一見,いびつな結論にも見えますが,偶発的事故による損害を填補するという任意保険の制度上,致し方ないことと思います。